気仙沼ニッティングの編み手「じゅんこさん」は、
ある日電車に乗って東京に向かいました。
行き先は、銀座にお店を構えるテーラーの
「銀座テーラー」。
銀座テーラーは、
銀座のお店のすぐ上にあるアトリエで、
職人さんが一着一着オーダーメイドのスーツをつくっています。
それも、一人の職人さんが最初から最後まで責任をもって
スーツ一着を仕上げる「丸縫い」というつくり方をしています。
ひとりのお客さんのために、一から丁寧に服を仕立てる。
それは、気仙沼ニッティングのオーダーメイドのカーディガン
「MM01」 もおなじです。
銀座で長年オーダーメイドのスーツをつくり続けてきた
銀座テーラーの職人さんたちから、
「ひとりひとりにあった服」
を仕立てることについて学ぼうと、
気仙沼ニッティングの編み手のじゅんこさんは
銀座にむかったのでした。
お店につくと、銀座テーラーの
上澤さんがお店を案内してくださいました。
- じゅんこさん
- はじめまして。
- 上澤さん
- こんにちは。
- じゅんこさん
- 私は気仙沼ニッティングという
手編みのセーターやカーディガンを編む会社で
編み手をやっておりまして。
- 上澤さん
- ええ、ええ。
- じゅんこさん
-
オーダーメイドでおつくりする
カーディガンもあるのですが、
よりお客さんにあった服にできるよう、
勉強させていただきたいと思って。
それで、こちらに伺いました。
- 上澤さん
- 私たちでお役に立てることなら、よろこんで。
- じゅんこさん
- どうもありがとうございます。
- 上澤さん
- スーツをおつくりする際は、お客さまに、
まず「ゲージ服」と呼ばれるものを着ていただきます。
- じゅんこさん
- ゲージ服?
- 上澤さん
- はい。少しずつサイズを変えてつくった
サンプルの服のことですが、
銀座テーラーオリジナルのシルエットに作っています。
ここにたくさんかかっている、これがゲージ服です。
- 上澤さん
- まずこれをご試着いただき、
お客さまに一番合うゲージ服をみつけます。
そのゲージ服から、袖を詰めるなど、
細かく調整していくんです。
- じゅんこさん
- そうなのですね。
- 上澤さん
- 首まわりがわかるように、
シャツの襟だけのものなども、あるんですよ。ほら。
- じゅんこさん
- ほんとうだ。
スーツは、ただ身体にあわせた寸法でつくればいいというものではなく、
シルエットのバランスが大切なのだそうです。
スーツを着るのは、ビジネスなど仕事の場面が多い。
だからこそ、着やすさだけではなく、
その人がそのスーツを着ているときに相手からどう見えるかを、
なにより意識する必要があるのだといいます。
身体にあっているだけではなく、着る人がかっこよく見えること重要。
採寸してそのとおりに仕立てるのではなく、
まず身体にあったゲージ服を探し、そこからサイズを調整していくのは、
着る人のことを考えての知恵なのですね。
- じゅんこさん
- 勉強になります。
まずはゲージ服でサイズを見るということですが、
お客さんの採寸もするのでしょうか?
- 上澤さん
- もちろん、採寸もしますよ。
お客さまの体型を正しく知ることもとても大切です。
- じゅんこさん
- そうなのですね。
よろしければ、銀座テーラーさんではどのように採寸し、
サイズを割り出されているか、
お教えいただけますでしょうか。
- 上澤さん
- はい、はい。いま担当の者を呼んできますね。
- じゅんこさん
- ありがとうございます。
- 中山さん
- こんにちは。
- じゅんこさん
- あ、はじめまして。こんにちは。
アトリエからいらしてくださったのは、この道45年のベテラン職人、
裁断長の中山さんです。若手の職人さんを育てる先生もされています。
- 中山さん
- 採寸、ですね。
- じゅんこさん
- そうなんです。採寸の仕方と、
服のサイズの割り出しを、
銀座テーラーさんではどのようにされているのか
教えていただきたくて。
- 中山さん
- はい、はい。わかりました。
まず、採寸で大切なのは「O点(おーてん)」です。
これがすべての計測の起点になります。
- じゅんこさん
- はい。
- 中山さん
- 男性の場合だと、シャツを着ていることが多いので、
このシャツの縫い目(袖付)を目安にします。
こうやって、縫い目から縫い目までの長さを測り、
そのちょうど真ん中にくる点を割り出すんです。
ほら、彼の場合は、ここがO点。
- じゅんこさん
- なるほど。まずはこのO点をみつけるんですね。
- 中山さん
- そうです。ここが寸法の基準になります。
- じゅんこさん
- たとえばちょうどよい着丈というのは、
ここからどうやってみつけるのでしょうか。
- 中山さん
- うん。着丈の場合はね、まずこのO点から、
カカトまでの長さを測るんですよ。
くつを脱いだ状態でね。
- じゅんこさん
- はい。
- 中山さん
- たとえばこのO点からカカトまでの
長さが150cmだとすると、
そのちょうど半分の75cm。
これが、スーツの着丈の目安になるんです。
ほら、ちょうどこのあたり。
- じゅんこさん
- はぁ、なるほど。
- 中山さん
- カーディガンの場合は、
またちがうかもしれないですけどね。
- じゅんこさん
- そうですねぇ。でも大変参考になります。
裄丈は、どの程度が目安なのでしょうか。
- 中山さん
- スーツの場合は、ぶらんと手をおろした状態で、
袖が親指の先端から11~12cmぐらい上に来るあたりが
ちょうどいいです。
長めにしたい場合は、親指から11cmぐらいかな。
- じゅんこさん
- ほう、ほう。そうなのですね。では・・・
じゅんこさんの質問は続きます。
それに対し、中山さんはとても丁寧に答えてくださいました。
気仙沼ニッティングのお客さんは全国にいらっしゃり、
気仙沼まで行ってサンプルを試着するのは難しい、
という方がほとんどです。なので編み手さんたちは、
お客さまからお送りいただいた寸法をもとに、
お客さまにちょうどよいカーディガンの寸法を割り出して
編む技術が求められます。
「どうすれば、お客さまにぴったりのカーディガンを編めるか」は
編み手さんたちが日々向き合っているテーマです。
手編みのセーターやカーディガンは、
スーツなどの生地にくらべ伸縮があるため、
ふつうはスーツほど厳密な採寸をすることはありません。
でも、気仙沼ニッティングの編み手さんたちは、
よりお客さまにちょうどよくあったカーディガンが編めるように、
テーラーの技術も勉強したいと考えたのでした。
じゅんこさんは気仙沼に帰ると、
銀座テーラーで中山さんに教えていただいたことを丁寧にまとめ、
ほかの編み手さんたちに伝えました。
みんな食い入るように説明を聞き、勉強します。
銀座テーラーのみなさんのおかげで、こうやってまた少し、
編み手さんたちの力が上がったのでした。
よりいいものをお届けできるように、日々、勉強です。
- じゅんこさん
- こんなにたくさん教えていただいて、
本当に、ありがとうございます。
- 中山さん
- ははは、お役に立てたなら、よかった。
お時間あれば、アトリエにも寄って行ってください。
- じゅんこさん
- いいのですか?ありがとうございます!
ぜひ、お願いします。
エレベーターで上の階にあがると、アトリエがありました。
入ってみると、職人さんたちが作業台に向かって
集中してお仕事をしています。
- じゅんこさん
- こんにちは。おじゃまいたします。
- 職人さんたち
- はい、いらっしゃい。
銀座テーラーのスーツは、
この銀座のアトリエで職人さんたちがつくっています。
よく見ると、ベテランの職人さんの前に、
若手の人が座る席順になっています。
こうやってペアを組み、ベテランの職人さんが
若い人に仕立ての技術を教えているのだそうです。
教わる若手の職人さんは、先輩の手元をじっと見ています。
さきほど採寸を教えてくださった中山さんは、アトリエの一番奥の作業台でお仕事をしていました。
- 中山さん
- やぁ、いらっしゃい。
- じゅんこさん
- これは・・・
- 中山さん
- 型紙です。
- じゅんこさん
- すごい。スーツの型紙、はじめて見ました。
- 中山さん
- こういうの、ニッティングにも通じるものがあるんですか?
- じゅんこさん
- はい・・・。編み物ではあるんですけれども、
イメージとしては、編み棒でまず
生地をつくっているという感じです。
前身頃や後見頃などのパーツをつくっている。
- 中山さん
- ふーむ。
- じゅんこさん
- そして、そのパーツとパーツを組み立てるんです。
構築的な作業です。
- 中山さん
- あぁ、なるほど。スーツもそうです。
この型紙が、まさにそれですよ。
これが、袖ね。これがこういうふうに、
組み立てられるんです。
- じゅんこさん
- おお。
- 中山さん
- 編み物では、サイズなどはどうやって調整するのですか?
- じゅんこさん
- 編み物には編み図というものがあるんです。
方眼紙に編み記号の入った、設計図のようなもの。
これです。
- 中山さん
- うわぁ。すっごい。
- じゅんこさん
- お客さまの寸法にあわせて、この編み図を調整して、
カーディガンのサイズを変えていくんです。
たとえば標準型のサイズより、
身幅を2cm狭めるのだとすると、
この模様のこの部分から3列抜く、とか。
そうすると、袖の傾きも変わってくるから、
模様をこう調整する、とか。そうやって、
毎回編み図を描き直すんです。
- 中山さん
- すっごいな。全然わけわからない。
こっちの、スーツの型紙のほうがわかりやすい(笑)
- じゅんこさん
- いえいえ。私たちの目には、
スーツのお仕事こそ細かくて難しく見えます。
- 中山さん
- ははは。
- じゅんこさん
- ちなみに、この「オーダーメイドで正確に仕立てる
ハンドニット」というのは、日本だからこそできるんです。
実は、この方眼紙に編み記号が並んでいる
編み図というのは、日本独特のものです。
欧米のものは、文章で書かれています。
「3段目:表目2目、裏目3目を5回くり返す」とか。
そのとおりに編んでいくと、そのセーターが編める。
でもそういう編み図では、身幅を2cm狭める、
というような正確なサイズ調整はむずかしいんです。
- 中山さん
- はぁ、なるほどねぇ。
- じゅんこさん
- この編み図が、大切なんですねぇ。
お客さまのサイズにあった編み図ができたら、
あとはそのとおりに編んでいくだけなので。
- 中山さん
- いやぁ、細かい作業ですね。すごいなぁ。
いいもの見せていただきました。ありがとうございます。
- じゅんこさん
- とんでもないです。
今日はたくさん勉強させていただき、
本当にありがとうございました。
- 中山さん
- いえいえ。どうぞ、がんばってくださいね。
こうして、編み手さんの勉強の旅はおわりました。
銀座テーラーの職人さんたちが
「その人にあった服」をつくるために
どれほどこまやかに気を遣い、丁寧なお仕事をされているのか、
目の前で見て感じられたことは、
編み手さんにとって大きな学びになりました。
お客さまに、いいものをお届けできるよう、
私たちもますますがんばります。
銀座テーラーのみなさん、
本当にありがとうございました。